地方議会の県知事・市長に対して議会側の対応を市長野党とか知事与党などと表現する場合がありますね。
私の持論なのですが、予算編成権・予算執行権・人事権を一手に掌握している知事・市長に対して、質問質疑を中心に議決権・修正動議を行使する地方議員は本来与党野党などといった二極の表現は馴染まないと思いますよ。
率直に言えば、是々非々の関係にあるべきでしょうね。 ザックリと言うならば、市長・知事の選挙に対して応援したか、それとも対立候補の応援をしたかというのが単純な分かれ目でもありますが、もう一方では自分達で自前の候補を擁立して戦う場合と候補者から推薦の依頼が寄せられるケースがあります。
いずれの場合も、候補者と政党・或いは議会会派と、今後の行政運営について政策協議を重ねた後、政策協定を締結するのですが、近年の傾向としては既存政党とは政策協定をせずに無党派・市民派をなのる候補者が増加傾向にありますね。 逆説的に表現するならば、既存政党と政策協定をしない、無党派・市民派を名乗ること自体がマスコミを利用した、したたかな宣伝戦略であると私は思いますけど。 ただし、この戦略は少数だから成り立つ戦略で、我も我もと無党派・市民派を名乗りだした瞬間からこの戦略は通用しなくなりますね。 私はこの手法を批判するつもりは毛頭ありませんよ。 どのような戦略を立てようが当選するための戦略の一手段ですからね。
一時代前には二番煎じと思われる名称で衆・参選挙を戦う俄か団体が横行していましたよ。 ○○維新の会だとか○○勝手連だとか、まあ色々とありましたね。 こうした政治団体を結成していた方々は、現在は何をしているのでしょうかね・・・・。 賛否は別として、政治にもの申す以上は、やっつけ仕事や一過性の活動ではなく継続した活動を求めたいのですが・・・・・。 これは皮肉ではなく、政治団体を結成して政治にものを申す以上は、発言に対する責任の所在を明らかにせよという私の思いです。
チョットばかり話が横道にそれてしまいました。 さて、政策協定といっても行政執行の詳細を決めるのではなく、大きな柱の部分と付随する政策の基本的な部分で合意形成をするのですが、一時代前ならいざ知らず今日の近代的な議会構成と行政システムでは当選後に市長・知事に個人的に何かを依頼するとか期待するなんていうことは、まず無理。地方の小都市は分かりませんが政令指定都市である川崎市ではまずありえないですね。
市長や知事を推薦した党派や議会会派は、大きな柱として政策協定に沿った活動を支えてゆくのですが、残念ながら予算編成や人事に対しては直接的な影響力の行使はできません。 年度当初の予算編成にあたって、各政党会派ごとに予算編成にあたっての要望書を市長・知事側に提出するのです。 しかもこれは川崎の場合与党とか野党なんぞの区別無く全ての政党会派が提出する訳で、野党だから要望書は受理しませんなんて事も無い。 言わば全て平等ですね。
この要望書の文言を、よ~く吟味してくださいね。 いいですか・・・・? 要望ですよ要望。あくまで要望ですよ。 この瞬間に対等ではないのですよね。 まあ言葉尻をつかんで言うつもりはありませんが、予算編成の我が党方針 とでも記せばまだしも要望、お願いですからね・・・・。 さじ加減は全て市長・知事の裁量範囲ですよ。
推薦団体に気を使って、訳の分からない予算をつければ議会で当然厳しい指摘を受ける訳だし、昨今話題になっている市長・知事の不祥事は無党派で当選してきた方々が世話になった支持者に便宜を図るといった構図でしたよね。
当選するまでと当選した後のギャップに埋没してしまったのでしょう・・・・。
私はこうした実情に理解を求めようとは全然思いません。 というより因果応報でしょう。理想を訴えて当選したならば、頑固に頑なに理想を追求すれば良いだけの話です。人間世界の在るがままの現実と、あるべき理想社会を目指す活動が政治なのですから、現実社会から眼を背けては成り立たないというのも政治ですね。
若さとエネルギッシュなイメージをもとに当選された青年議員にも大いにエールを送ります。情報公開と税金の使い道に意義を唱えて当選された議員の皆さんにも大いにエールを送りたいと思います。
ただし政治家の職を与えられた以上、一分野だけの主張のみでは議員の職は務まりません。老若男女・老・壮・青・幼の多様な市民ニーズと、我が侭とも思えるような意見とも正面から対峙してゆかなければならないのです。 それが政治なのです。 独身から家庭を持ち子供が生まれ、家族を養う責任を自覚しつつ議員活動を続ける中で思春期を迎えた子供との葛藤や夫婦間のあり方など、様々な現実に直面しながらも市民の視線で議会活動を継続してゆくことが大切だと私は思うのです。
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